ナガノ日記

備忘録

美しい物語が醜いぼくを打ちのめす

2020/07/01
 
庭とエスキースみすず書房


ひとりの老人の元に14年間、季節ごとに通って写真を撮る。その老人の名前は弁造さんと言い、北海道で小さな小屋に暮らし、美しい庭をつくる。若い頃は画家を目指していて、東京の洋画教室にも潜り込んで勉強。個展をすることが夢だとエスキース(下絵)を描き続けている。

 

弁造さんとの日々を書き記し、弁造さんの生活、思想、人生、その言葉から弁造さんの存在について思いを巡らせた随筆集。みすず書房刊の端正な造本、表紙の幻想的な庭の写真とはうらはらに、弁造さんは冗談ばかり言う田舎のおじいちゃんという様子。

だけど、カメラマンである著者の弁造さんと向き合う真摯な言葉と誠実な姿勢によって、全編にわたって心をふるわせる静かな感動が満ちている。某○○くんではないが、弁造さんが死ぬことがわかっているだけで、もう全てのシーンに引き込まれる。

 

こんなことがあった、こんなことを言っていた、過去にはこんなことがあったらしい。そうしたことを積み重ねたけれど、はたして自分は弁造さんの何を知っていると言えるのだろう。などという問いの前に、読者は宙づりにされる。後世に語り継がれる本だと思う。

だが、至らない人間である僕は至らない過去が邪魔をしてうまく本の内容に入り込めない。

 

弁造さんのことを深く知るため、ただ弁造さんの近くにいたいため、足を運ぶ著者の姿をみて、年老いた親を面倒に思って避けるように生きてきた自分の人間としてのクズさを突きつけられているようで、読んでいてずっと苦しかった。

 

実の親について、僕はここまで真摯に向き合ってこなかった。それどころか。僕は人に対してここまで向き合ったことはない。本書の著者が美しいストーリーを生み出すほど、自分の醜さに打ちのめされていく。本書が素晴らしいゆえに、心の底から楽しむことができない。今までにない読書体験だった。